調査報告:「南阿蘇鉄道高森駅・交流施設」建設プロジェクト

調査実施日時

2025年9月13日(土)13:00-16:00

調査先情報

名称:南阿蘇鉄道高森駅・交流施設

住所:〒869-1602熊本県阿蘇郡高森町高森

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調査参加者

石原凌河(龍谷大学)、服部圭郎(龍谷大学)

概要

「南阿蘇鉄道高森駅・交流施設」は、2016年の熊本地震で甚大な被害を受けた南阿蘇鉄道の復旧を契機に、高森町が主導して進めた地域再生プロジェクトの一環として再整備された鉄道駅舎と、駅舎に隣接して新設された観光・交流拠点施設「高森町産業観光館」の一体的な施設の総称である。本事業は、単なる鉄道施設の再建ではなく、「地域の交通」「防災」「観光振興」を一体的に捉えた新しいまちづくりの取り組みとして計画された。
熊本地震により、南阿蘇鉄道は長期間にわたって不通となり、地域経済や観光にも深刻な影響を及ぼした。これを受けて高森町は、国土交通省と協議を重ね、被災ローカル線の復旧モデルとして整備された三陸鉄道のスキームを参考に、上下分離方式による鉄道再生を決定した。この方式では、鉄道施設の保有を町が担い、運行を鉄道会社が行うことで、持続可能な運営体制を確立している。また、被災線区支援スキームの適用により、復旧費の約97.5%が国費で賄われることとなり、財政面でも極めて有利な形で事業が進められた。
高森駅舎の再整備と観光・交流施設拠点の整備については、高森町が主導した地域再生プロジェクトとして整備された。高森町は、従来の鉄道駅を超えた新たな地域拠点の構想を掲げ、「高森町産業観光館」として、鉄道・観光・防災の機能を併せ持つ複合施設の整備を決断した。事業費はおよそ10億円に上ったが、そのうちの大部分は国の補助金とふるさと納税によって賄われ、町の直接的な負担はほとんど生じなかった。ふるさと納税については企業版ふるさと納税が活用された点が特徴的である。
「南阿蘇鉄道高森駅・交流施設」の設計に際しては、熊本県の「アートポリス事業」に採択され、建築家である株式会社ヌーブ代表取締役の太田浩史氏が初期段階のグランドデザインから関わるという、全国的にも珍しい体制がとられた。駅舎のみならず、駅前広場やロータリー、さらにはプラットフォームまでを一体的にデザインすることで、まち全体の風景と調和した施設づくりが行われた。ロータリーは「駅前」ではなく「駅横」に配置され、観光バスと一般交通の動線を分けるなど、利便性と景観を両立する設計がなされている。また、木造のプラットフォーム上屋を建築家が設計するという極めて稀な事例でもあり、建築と交通インフラの融合という点で新しい挑戦となった。
この駅舎のもう一つの重要な特徴は、防災機能を備えていることである。熊本地震時の教訓を踏まえ、避難者が安全に滞在できる空間を確保するため、回廊と駐車スペースを一体的に設計し、車中泊や炊き出し、洗濯などが可能な環境を整備した。ベンチには電源を設け、災害時には充電や照明にも活用できるようにしている。さらに、隣接する公民館や防災倉庫と連携し、災害発生時には避難・炊き出し拠点として機能するよう設計されている点も特徴的である。
本事業は、企画から完成まで約4年をかけて進められ、コロナ禍や資材高騰などの困難を経ながらも、建築家と行政が一体となって完成に至った。
「南阿蘇鉄道高森駅・交流施設」は熊本地震の復旧事業でありながらも、防災、観光、まちづくりを融合させた新しいタイプの公共施設として、高森町のシンボル的存在となっている。

事業概要(起業の経緯)

2016年の熊本地震により南阿蘇鉄道の施設が大きく被災した。国土交通省の支援のもと、上下分離方式(鉄道施設=自治体保有、運行=鉄道会社)を採用して南阿蘇鉄道の復旧を行なった。
東日本大震災で被災した三陸鉄道の復旧スキームを参考に、被災ローカル線復旧支援制度を申請した結果、被災前の黒字実績や地域住民の存続要望が高買ったことから、支援対象に選定され、国費補助率97.5%という復旧費の大部分を国庫負担によって復旧を図ることができた。
南阿蘇鉄道の復旧に伴い、南阿蘇鉄道の終点駅であり高森町の玄関口である高森駅の再整備を行い、地域の観光振興・防災機能強化・交通利便性向上を図るために南阿蘇鉄道高森駅の駅舎の再整備と観光・交流施設拠点の建設が行われた。

扱う社会課題とその背景

「南阿蘇鉄道高森駅・交流施設」建設プロジェクトは、熊本地震で大きな被害を受けた南阿蘇鉄道の復旧を出発点としている。しかしこの事業が取り組んでいる社会課題は、単に鉄道の再建にとどまらず、地方の持続可能性、災害への備え、そして人口減少下における地域経済の再生といった、現代の地方社会が直面する複合的な課題に深く関わっている。

解決方法や解決アプローチ

本事業は「被災地の交通インフラの再生」という喫緊の課題に応えるものである。熊本地震により南阿蘇鉄道の複数の区間が寸断され、地域の移動手段が失われただけでなく、観光や通勤・通学など日常生活にも深刻な影響が生じた。こうした交通断絶は、地方においては単なる利便性の問題ではなく、地域社会の存続に直結する問題である。本事業では「鉄道復旧」と「まちづくり」を一体的に計画し、公共交通の再整備を通じて地域の生活基盤を再構築するという社会的使命を担っている。
本事業は「地方の財政的自立」という課題にも挑戦している。被災後の復旧には莫大な費用が必要であり、小規模自治体が単独で担うことは難しい。従来、地方公共事業は国の補助金に依存する構造にあったが、本事業では補助金に加えて「企業版ふるさと納税」を活用して資金を募る仕組みを導入した。これにより、高森町は外部も巻き込みながら、地域の将来を自らの手で支えるという新しい形の公共プロジェクトを実現した。この手法は、人口減少と財源縮小に直面する多くの地方自治体にとって、新たな社会的解決策のモデルとなるものである。
災害リスクの増大に対応する「地域の防災力向上」も重要な課題である。熊本地震では、避難所が不足し、車中泊を余儀なくされた住民が健康被害を受けるなど、避難生活のあり方が大きな社会問題となった。「高森町産業観光館」では、こうした経験を踏まえ、駅舎を単なる交通施設ではなく「防災拠点」として位置づけている。回廊と駐車場を一体的に設計し、災害時には車中泊避難が可能な空間として活用できるようにし、電源設備や炊き出し機能も整えている。このように、平常時は観光や交流の場として機能し、非常時には住民や旅行者を守る避難拠点に転じる仕組みは、災害多発時代における公共建築の新しい方向性を示している。
本事業は「地方観光の再生と地域経済の活性化」という長期的な社会課題にも向き合っている。高森町は阿蘇地域の観光玄関口であり、南阿蘇鉄道は観光の重要な軸を担ってきた。震災後の観光客減少を乗り越えるため、駅舎を観光と交流の拠点に再構築し、駅前広場を地域イベントや交流の場として開放するなど、鉄道を核にした地域のにぎわいづくりが進められている。特にプラットフォームを160メートルに延長し、JR九州の豪華観光列車「ななつ星 in 九州」などの乗り入れを見据えた設計は、地域の観光資源を新たなレベルに引き上げる挑戦でもある。
このように、本事業は被災地の復旧・復興の枠を超え、交通の再構築、地方の財政的自立、防災拠点の整備、観光を通じた地域経済再生といった、現代の地方社会が抱える多面的な課題に応える総合的な取り組みである。単なる施設整備ではなく、地域が自らの未来を設計し、社会課題を創造的に解決していく過程そのものが、本事業の本質的な意義であるといえる。

事業の革新性

本事業は、単なる被災鉄道の復旧にとどまらず、鉄道駅を核とした地域再生の新たなアプローチを提示した先進的なソーシャル・イノベーションのプロジェクトだと位置づけられる。
その理由として、まず、従来のローカル線復旧では困難とされた財政的課題を克服するため、上下分離方式を導入して復旧を図ることができた。鉄道施設を自治体が保有し、運行を南阿蘇鉄道が担う構造としたことで、維持管理責任を明確化し、持続可能な運営体制を実現した。また、東日本大震災で被災した三陸鉄道の復旧方法を参考に、被災ローカル線支援制度の適用第1号となった点は、全国的にも画期的である。次に、従来型の補助金依存にとどまらず、ふるさと納税(個人版・企業版)を主軸にした資金調達を実施した結果、事業費約10億円のうち約6割を寄附で賄い、結果として町の実質負担をゼロに抑えることができた。これは、自治体が主導し、住民・企業・鉄道ファンを巻き込んだクラウドファンディング型公共事業として、地方創生施策の新たなモデルを提示した点で革新的である。
建築デザイン面では、熊本県のアートポリス事業に採択され、通常の「基本設計後のデザイン監修」ではなく、グランドデザイン段階から建築家が参画した初の鉄道駅プロジェクトである。駅舎単体ではなく、交通広場・ロータリー・プラットフォームを含むまち全体の空間構成を一体的にデザインすることを可能とした。プラットフォーム上屋を建築家が設計するという極めて稀な試みを行い、鉄道施設そのものを建築文化の領域に引き上げた点も注目に値する。
このように、本事業は、国・県・自治体・民間が横断的に連携し、地方が自らの意思で復興と未来像を描いたプロジェクトである。計画立案・資金調達・設計・施工・運営の各段階において、地域が主体的に判断し、「行政依存ではない地方発の公共プロジェクト」を実現した。これは、今後の地域鉄道や小規模自治体における公共事業の新たな指針となるものであると言える。

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