調査報告:専門知をひらくサービスラーニング教育の可能性

調査実施日時

February 18-22, 2025

調査先情報

名称:ベルギー・Leuven KU大学

住所:

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調査参加者

高橋そよ(琉球大学)

概要

 今回の訪問先であるベルギー・ルーヴェン・カトリック大学は、1425年にローマ教皇マルティヌス5世によって創立された、現存する世界最古のカトリック系大学である。2023年度のTHE世界大学ランキングでは世界第42位に位置し、特に日本・アジア地域研究において欧州有数の研究実績を持つ。現在は15の学部を有し、150以上の国・地域から6万人以上の大学院生・学部生(2024年時点)が在籍している。
 今回訪問した文学部は600年前の大学創立当時から設置されており、琉球大学とは以前よりヨーロッパと日本・アジア海域史の共同研究を行ってきた。今回の調査は、ルーヴェン・カトリック大学文学部・文学研究科より、これまで行ってきた歴史学を軸とした研究教育交流から、少子高齢化社会やサステナビリティ研究といったEUと日本に共通する社会課題の解明と、その解決に挑む人材を育成する研究教育交流へと発展させたいという提案があったことに始まる。この提案を受けて、人文学の基礎的研究を基軸としたソーシャルイノベーション(SI)教育プログラム開発を具体的に検討するため、渡欧した。

 このような背景から、本調査は1)ソーシャルイノベーション(SI)教育プログラム開発のための情報収集とインタビュー、2)SI事業プログラム関連授業(キャップストーン等)の受け入れに関する意見交換を目的に実施した。
 
 本調査では、初めにソーシャルイノベーション(SI)教育プログラム開発のための情報収集として、文学部のDr. Jan Schmidt(Japanese Studies Research Group, Arts East Asian and Arabic Studies Research Unit)とDr. Magaly Rodriguez Garcia(History of Modernity & Society Research Group, History Research Unit)にインタビューを行った。特に、同大学の大学院修士課程では、専門科目の履修とともに、基礎科目として「サービスラーニング」と呼ばれる教育実践科目があることが特徴だという。サービスラーニングとは、専門教育を通して獲得した専門的な知識・技能を、社会参加を通じて市民意識を育み、実社会で活用できる知恵や技法に転換させる教育実践法の一つである。本調査では、主にDr. Magalyによる授業「Service learning: geschiedenis en maatschappelijk engagement(サービスラーニング:歴史と社会参加)」を事例に、サービスラーニングを歴史学の視点から実践することの教育的効果について伺った。具体的にはジェンダーや女性史を研究する学生が、ベルギーの性産業で働く女性たちを支援するソーシャルワーカーによるNPOで数ヶ月間インターンシップを行った教育実践の事例を紹介いただいた。学生たちは現場に身を置くことによって、文字に残されない人々の声や記憶と直接的に向き合い、現代社会が抱える課題とその根底にあるものを歴史軸の中からより多角的に理解する視点を獲得できるようになったという。ルーヴェン・カトリック大学の文学研究科では「サービスラーニング」を大学院生の必修科目に位置づけることにより、既存の研究の枠組みや研究手法に留まらず、社会をより良いものへと創造する知を育む、パブリックに開かれた人文学の可能性を探求するための教育実践を目指しているという。この視座は、本SI事業が目指すソーシャル・イノベーションに必要な「社会課題の原因を多面的な視点から見抜く力」を育成する教育プログラムのビジョンとも大きく重なる。

 次に行ったLiesbet Heyvaert文学部長らとの面談では、琉球大学との教育研究協定に基づき、琉球大学ならびにSIプログラム受講生が、文学研究科のサービスラーニングをはじめとした科目や、ルーヴェン・カトリック大学全体で実施しているサステナビリティ研究をベースにしたサマースクールなどの授業に参加することについて承諾を得られた。さらに今回の訪問調査では、ルーヴェン・カトリック大学におけるICTを活用した対話型授業への参加や附属図書館における日本史料を中心とした書籍やデータベース等の解説など、貴重な機会をいただいた。現在、琉球大学ではSI研究グループと教育プログラム検討委員会との連携により、本調査で得られた情報や学生ニーズのヒアリングなどをもとに、専門知の深化と沖縄の社会課題を多角的に理解することのできる新たな3大学交流型授業科目(2026年度開講予定)の教育プログラムを開発しているところである。

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