調査報告:アールト大学

調査実施日時

2025年8月13日

調査先情報

名称:Aalto University

住所:Otakaari 1B, 02150 Espoo, フィンランド

ホームページ:https://www.aalto.fi/en

調査参加者

服部圭郎(龍谷大学)、新川達郎(一般社団法人地域公共人材機構)

概要

フィンランドのアールト大学ではソーシャル・イノベーションの講義を提供している。本取材調査では、その講義を担当しているMyrto Chliova准教授に取材を行った。彼女は、ソーシャル・イノベーションとは革新的な活動を通じて社会価値を創造することであり、組織全体で関心が高まっているテーマであると言う。ソーシャル・イノベーションは、社会的企業や非営利団体、中小企業、公共部門、そして非公式に組織された市民団体によってますます実践されており、その分野には、社会的弱者や周縁化された集団の社会や労働力への包摂、貧困の緩和、そして地域社会全体への共同利益の創出などが含まれる。しかしながら、ソーシャル・イノベーションがインパクトを与えるためには、複数の緊張関係を評価し、バランスを取り、あるいは優先順位を決定し、多様な対象者や利害関係者の間で正当性を確立する必要があるため、それは用意ではない。その困難な目標を達成するために、具体的な課題を提示し、実践させることの重要性をディスカッションを中心に学んでいくプログラムを設計している。

事業概要(起業の経緯)

スカンジナビア諸国は福祉国家である。政府が提供する公共サービスは充実している。しかし、それだけではカバーできない社会的課題も現れ始めてきた。そこで、市民レベルでのソーシャル・イノベーションの試みが10年ぐらい前から見られ始めるようになった。
 そのうちの一つがSlush100である。これは世界的にも非常に注目されている起業家のコンペである。1000以上の応募があり、その中の上位100の中から100万ユーロ(1億円相当)の出資金がGeneral Catalyst とCherry Venturesから提供される。このイベントがフィンランドにおけるソーシャル・イノベーションのブームに火を付けた。
 そのような中、フィンランドでは多くのソーシャル・イノベーション的なプロジェクトが展開している。公的なものでもヘルシンキ市立図書館はまさにソーシャル・イノベーションのいい事例である。新しいことを具体化することができた。
 ソーシャル・イノベーションを推進している国の機関としてはSITRA(Suomen itsenäisyyden juhlarahasto)がある。これは1967年にフィンランド銀行によって設立されたが、近年ではソーシャル・イノベーションに多くの投資をしている。その投資額は2017年で7億7100万ユーロであった。
 また、大学でもソーシャル・イノベーションの推進に力を入れている。特に工学系、科学系、環境系ではそのようなプログラムに投資をしている。
 アールト大学では学生達のアイデアを実際、試すことのできるデザイン・ファクトリーといった工房を設けている。

扱う社会課題とその背景

 そもそも経営の勉強をしていた。その流れでソーシャル・イノベーションに関心を持つようになる。そして、ソーシャル・イノベーションの講義を担当することになる。このクラスでは2ヶ月の間に、何かソーシャル・イノベーションのプロジェクトを提案するという内容であり、チームを組ませてその課題にチャレンジさせている。
 ハウトゥ的なコースの内容にはしたくなかった。なぜなら、社会問題は極めて複雑である。答えを知るのではなく、批判的にものごとを思考できるような講義内容にしたかった。実践的な要素はあるが、あくまでもソーシャル・イノベーションの思考プロセスを体験するようなものである。アイスブレーク、ゲーム、ゲストによるセッションといった要素を初期の講義では導入している。ゲストによるセッションは、政府関係者もいるし、起業家もいるし、ボランティアもいる。学生の関心はそれぞれ違うので、多様なゲストを用意することは有益である。ゲストは個人的な話をして、議論をする。
 学生は一つのトピック、一つのテーマで課題に取り組む。その評価はプレゼンテーションで行う。エッセイとかはAIを活用するので実施するのは止めた。
 あと、ソーシャル・イノベーションがすべてを解決できる訳ではないこともしっかりと学生には伝えている。それは万能薬ではない。オリエンテーション的な講義では、イノベーションの意味が何かを講義する。経営的な観点ではイノベーションは定義されている。しかし、社会起業家の研究をしたことがあるので、イノベーションの定義がいろいろあることを知っている。それらの定義がどのような背景でされたのか、といった内容を教えている。
  例えば、マイクロ・クレディットは今でこそ利益を出しているが、それまでは長期間、補助金を受けていた。補助金なしでは上手く軌道に乗らなかった。韓国が経済危機になったとき、ソーシャル・イノベーションのプログラムが大量につくられた。社会企業が多くつくられた。



解決方法や解決アプローチ

芸術学部は高いポテンシャルを有していると考えられる。デザイン思考をしっかりと政策に反映できるといいと思っている。しかし、芸術学部は敷居が高い。デザインの社会化みたいな形でアプローチすることで、ソーシャル・イノベーションが展開できることが期待できると考えている。
 ソーシャル・イノベーションのクラスだが、批判的な思考を求める内容にすると上手くいく。しかし、それを現実に応用させようとすると急に難しくなる。それは、技術者、芸術家といった創造的な人材、思考が求められるからである。一方で技術者、芸術家はお金のことを考えない。ここをうまく融合させられると価値が創造できる。

事業の革新性

アールト大学で提供している社会起業家コースは大学院の修士号のためのコースである。ソーシャル・イノベーションについても教えていて、非常に実践的なところが特徴である。ソーシャル・イノベーションのクラスではテーマを明確化させる。例えば、エコ・フレンドリーなパッケージングとか。環境問題、ソーシャル・イノベーション、財務、会計などを教えている。
 キャップストーンもある。教育システムはしっかりとしている。技術を学び、現実に社会で起きている課題をも学ぶ。キャップストーンは他の講座と比べて、より戦略性が求められる。
 今年から担当して教えているのは「サステイナブル起業」という講義である。教えていて、とてもやり甲斐がある。ソーシャル・イノベーションのコースは現在では一人で担当している。

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